誰であれ、わたしは
相手を所有できると
思い込んで生きていたらしい。
共依存の分離不安が長引くのも
恐らくそう。
自分が自分をも
所有できない、ただの、自然の一部なのだ、と、降参したとき
この世には、当り前なんか
どこにもないことが
いきなりわかった。
そして、当たり前などないのに
愛をくれた人、
愛を受け取ってくれた人がいたという事実。
物もおなじ。
夢の世界に生きていたんだ。
何でもある世界。
もう、おなかいっぱい。
ほんとの、その瞬間
すきなもの、好きなことだけで
満たしていく。
しあわせである。
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ぬしさん)
>りぃふさん
おー!
お返事ありがとう!
感じることがありすぎる話題、
そう感じる時点で
同じ種は、知らない間に
もう芽吹いているのかもしれません。
出会いは、日常のなかで
さりげなく、
いや、すでに出会っている人との中でさえ
二転三転して
いま、初めてのような心で
出会うことだってある。
いつだって、いま、この瞬間にしか
自分は、居ない
立っていないから。
いつかを、思い浮かべることがあっても
思い浮かべている、わたしは
い、ま、の上にいる。
そして、それすらも
一瞬後には、過去の記憶です。
よき、エブリデイをーー!
すきなもの、好きなことだけ。
いい響きですね!素敵〜
ホンネの自分と、愛情をやりとりしてくれる人たちと
巡り合わせで結び付いてお付き合いできたらいいなぁって思います。
(特に恋愛関係)
ほんとは自分のことすら縛り切ることなんてきっとできないんですね。
感じることがありすぎる話題だったのでお返事しちゃいました!
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