キャラを作らないで好かれている人が心底羨ましい
不登校克服してすぐの頃、2年間ほとんど人と関わることのなかったその状態のままでアルバイトを始めた
別に人間関係くらい簡単に築けると思ってた
でも全然ダメだった
嫌われに嫌われて、その頃はただ苦しかったけど今思えばいじめられていたのかもしれない
そして今新しいバイトを始めて1ヶ月が経とうとしている
いじめられてはないし、むしろみんなが私を必要としてくれている
出勤したら歓迎してもらえるし、退勤の時はめちゃめちゃ引き止められる
でもそれは、特別周りが優しいとか私にコミュ力がついたとかそういう話ではなくて、嫌われたくない一心で死ぬ気でキャラを作っているから
人間関係に躓いてから、人に好かれる人はどういう性格なのかを引くくらい研究して、導き出したマニュアル通りのキャラを演じている
優しいねとか可愛いねとか言われる度に、嬉しいのに冷めた目で見てしまう自分がいる
どーせ私が素を出したら掌返すように逃げてくくせに
誰か代わりに私の人生生きてよ
こんなの私じゃなくても別にいいじゃんか
ななしさん
皆が必要と「してくれる」。
出勤したら歓迎「してもらえる」。
この語尾にあなたの喜びがにじみ出ていると感じました。
偽りの自分であることが心底嫌で冷めているのなら、「必要とされる」「歓迎される」と、シンプルな文でこと足りたはず。
でもあなたは「してもらえる」という言葉を使った。
こういう細かい何気ない部分に、本音は出るものだと思います。あなたは冷めてもいるけど、やはりそれより遥かに大きな喜びを感じているのだと私は思います。
冷めるのは、周りへの軽蔑というより、罪悪感なんじゃないでしょうか。
「あなた達が喜んでくれる私は本物じゃないの」という負い目が、心のどこかにありませんか?
キャラを作っているとは言っても、本性は滲み出るもの。優しくない人は口先だけ繕ってもすぐバレます。
例えば不登校の時、あれこれ詮索されるのが辛かった人は、他人に無遠慮な詮索はしないでしょう。
いじめられた時、「消えろ」「近寄るなキモい」などと言われて苦しかった人は、他人には冗談でも言わないでしょう。
あなたも、いくらキャラを作っていても、今までの経験から学んだ、素の自分の心から生まれている優しさや気配りなどが、自然に出ていると思います。
皆から愛されている今の姿は、100%偽りではない。素の部分で相手を幸せにしていることもきっとありますよ。
だから今の姿も確かに自分、新しく手に入れた自分の姿のひとつとカウント出来ませんか?
誰だって素の姿だけでは生きていません。あなたが素のように見える人達も、本音と建前のハイブリッド。もしかしたらあなたと同じように必死に真逆のキャラを作っているかもしれないですよね。
でもあなたにとって好ましい人なら、見えている部分が偽りでも何でも構わず、ただただ愛しいと思いませんか。
あなたの周りの人もきっとそう感じていますよ。