好きなものも
嫌いなものも
何も、ありませんでした。
全部他人が好きな何かを
私も好きだと
自身に暗示をかけただけ
だから自分も気づかない
誰も気づかない
私が、不在だってこと
何かが"居る"かのように、
人によくよく似た人形を、
伽藍の部屋に置いているだけ
私は、私を探して、
自分の胸の中を、これでもかと覗きこむけど、
いくら息を必死で止めて潜っても、
どんなに深く深く闇の中を分け入っても、
私のこの曇りきったまなこでは、
出会うこと叶いません。
いくら目を見開いても。
とても虚しいし、寂しい気がする…。
私はいつまで、自分が"いない"まま、人生という旅路を
続けなければならないのでしょう。
あるいは、それを見つけるのが人生だ、とでも、いうのでしょうか。先人たちは。
たとえば。
たまに美味しいものを食べたとき。
たまに、胸打たれる言葉に出会えたとき。
今、言葉にならない何かを感じた。
この私は。
一体、誰なのでしょう。