ななしさん
今日、私は駅前で迷っていたお年寄りに声をかけ、道案内をしました。
それは世界でただ1人、そのお年寄りを見つけた私にしか出来なかったことです。
風邪で早退した同僚のフォローをするのもそう。
食事した後、店員さんに「美味しかった、ごちそうさま」と言うのもそう。
スーパーで派手に棚を倒してしまった人を見て、一緒に商品を拾って片付けてあげたのもそう。
誰にでも出来ることだけど、今その場にいるのは私であり、今その瞬間は、それは私にしか出来なかったこと。
生きる意味というのが、誰かに必要とされることであるなら、それは今自分に出来ること、自分にしか出来ないことをきちんとやっていった先にあると思います。
何もしない人には、きっと意味は見つからないです。何もしなければ、自分がいることで変わることが何もないのだから、「自分なんて、いてもいなくても同じ」としか思えないでしょう。
ななしさん
私も同じこと考えます。私が生きても死んでも、世界は動き続ける。時も人も流れ続ける。だったら別に死んだっていいじゃない、そう思います。
多分、生きるって、辛いことがかなりの割合で、ほんの少しの幸せで、何とか生きてるのかなと思います。
そこに生きる意味はあるのか、と聞かれれば、絶対にあるとは、私も言えません。
ただ、人間は、生きたとしても100年くらいです。どうせいつかは死にます。だったら、自分が今までできなかったこと、周りから反対されてできなかったことなど、これをやっておけば良かった、と思いながら死ぬのは自分は絶対に嫌だから、だから後悔しないように生きていく、そう思ってます。
人生何があるか分からない、1週間後、ものすごく人生が変わることだってあります。
上手く答えられなくてすみません。ただ、生きていてほしい、そう願っています。