好きな人がいた。会社の先輩で、尊敬できる人だった。仕事ができて人から好かれる大事な人だった。
恋人ができた。一緒に仕事をして、頼れるわけじゃないけど段々好きになって、この人と一緒にいたいと思うようになった。大好きだった。
不倫をした。会社の先輩は既婚者で子どもがいて、家族のことをとても大事にしていた。そこが好きだったし子どものことを一番大切にしているのをよく知っていた。
裏切られた気持ちだった。どうして？あんなに大切にしてたのに。すごく嬉しかったけど、どうして家族を裏切っているの？
なんで手を出したの？
付き合いたての恋人と、ずっと人間として大好きだった不倫相手。どっちも大切だけどなんだか寂しいのは、欲張りだからか。
不倫相手に抱かれた次の日、上書きするように恋人に抱かれた。家族を裏切っているあの人と同じように恋人を裏切っている。そこで心が分裂して、隙間ができた。寂しくて、なんて言葉が言い訳になるとは思えないけど、一人になりたくなかった。
恋人とは別れた。結局好きな気持ちは一方通行だったらしい。「最初から好きじゃなかった」らしい。この「好き」と言う気持ちはどこに消えていっていたのか。受け取ってくれていなかった。
不倫相手とは続いていた。仕事が早く終わった日に飲みに行ったり、うちに来たり、車で会ったりっていうのもあった。
新しい企画のチームにその人はいた。
顔は知っていた。喋ったことも一度か二度くらいあったけど、その程度。全く親しくはないけど、親しくなるのに時間はかからなかった。
チームでは一番の味方で、仲間で、頼れる存在だった。何より企画のことをよく分かっていたし、他の仲間とも何度も制作しているから勝手も分かっている。敵に回すとやりにくいらしい、じゃあ上手く立ち回っておこうという打算程度だった。
仕事が辛くなってくると、不倫相手に甘えた。すぐに会えるし優しくしてくれて、寂しさは埋められた。会った後、このままじゃいけないという思いでいっぱいになって、罪悪感と疑念で気が狂いそうだった。
その時はすぐに来た。企画が始まって2ヶ月くらい経ち、また不倫をした。あの人は既婚者だった。後から知ったことだけど、春に子どもも生まれるらしい。そうとは知らず、週に一度くらい飲みに行って、帰ってキスしたりするようになった。
不倫の二股？ただ遊んでるだけ？それとも遊ばれてるだけ？
企画が終わると同時に、逃げるように会社を辞めた。仕事は辛くて休みもなく、でも大好きだった。だからしばらく休んでゆっくり考えようと思った。距離を置いて、心が回復すればきっと元に戻れると本気で信じていた。
2ヶ月くらいした時、唐突に気づいた。ずっと考えていたことの答えが急に分かり、ゆっくり答え合わせをすると、全ての辻褄があった。
不倫相手に「好き」だという気持ちを伝えたことは何度もあった。「知ってるよ」とだけいつも答えられていて、それでいいからたまに好きになってくれ、と言ったこともあった。笑って「いいよ」と答えてくれてとても嬉しかった。この気持ちは利用されていた。
自分を好きな人間を利用することはさぞ簡単だろう。優しい顔をして慰めてあげれば、相手はどんどん好きになっていくだけだ。気づかない方が馬鹿なのだ。馬鹿だった。
一連の流れを、2人目の不倫相手には全て話していた。ずっと「関係を切れ」と言われていたけど、好きなのは先輩だったし、そんなことを言う権利はないと思っていた。
好きじゃない、それは今でもそうだ。恋じゃない。恋人の時、先輩の時、あれは確かに恋だった。考えるだけで胸が甘く痛み、幸せになってほしいと願った。大好きだった。
セックスするのをやめた。正確に言うと、やらなくなった。好きでもない、セックスもしない、向こうは結婚していて、自分は仕事も辞めている。なのになぜか会っているし、連絡も毎日のように続いている。この関係に、名前をつけたい。
春に生まれる赤ちゃんのこと。
不倫相手は新しい企画の準備をしていて、始まれば会う暇などなくなるほど忙しくなること。
それが寂しいとは思うこと。
この感情が何か分からないのは、裏切られ続けたからか？違う、そんなことで人の気持ちはなくならない。少なくとも自分の恋心くらいは分かる。
型にはめたいわけではないけど、名前をつけられればこの感情も一緒に落とし込める気がした。恋人でもない、愛人でもセフレでも上司部下でも友達でも飲み仲間でもない。正しい言葉を見つけられたら、それに沿って、一緒にいられるような気がしている。
