『人それぞれ』『みんな違ってみんないい』『対話が大事』
最近はよく、こんな感じの言葉を聞くようになった。
確かにどれも正しいし、より良い社会を実現させていく上で大切な考え方であるとは思う。しかし、自分のようなひねくれ者は、こうした言葉を聞くと何とも言えない居心地の悪さを感じずにはいられない。
まずは『人それぞれ』について。
相手の考えや生き方を否定せずに尊重するのは大事なことだとは理解している。でも、実際に『人それぞれ』という言葉を使う場面を想像してみたらどうだろうか。
おそらく、自分の考えていることとは違う観念、場合によってはとても受け入れられないような思想を持っている人を指して『人それぞれだから』といった具合に使うことが多いのではないだろうか。
真っ正面からお前は間違ってる、と言わないだけマシなのかもしれない。しかし、こういう場面で用いられる『人それぞれ』という言葉には、尊重という雰囲気は感じられない。冷たくよそよそしい、奇怪なものを見下すようなニュアンスが込められているのではとすら思ってしまう。
次は『みんな違ってみんないい』について。
『人それぞれ』と似た言葉ではあるが、『いい』という言葉が入っている以上、相手の存在を肯定するという意志が込められているのは間違いない。
しかしここで、『みんな』とは一体誰の事を指しているのかが気になってしまう。
この地球に生きる全ての人間、あるいは全ての生物を指して『みんな』と言っているのだろうか。本当に、そんなことが出来るのだろうか。
どうしても分かりあえないような存在。理解し合うどころか、会って話すことも、相手の言葉を聞くことさえもストレスになってしまうような、それほどまでに自分とは違ってしまっている存在。そういう存在にも『みんな違ってみんないい』と言えるのだろうか。
意地悪な見方だと言われるかもしれないが、『みんな違ってみんないい』という言葉を使いたがる人の考えている『みんな』も『違い』も、せいぜい『いい』と肯定できる範囲のものでしかないのではと思ってしまう。あまりにも自分と違っている存在は、『みんな』の範囲に含まれないのだ。だから『いい』と言われることもない。
最後に『対話が大事』について。
この言葉は重く、厳しい。先程の例に出したような、理解し合う事が難しい存在に対しても、向かい合って理解し合う努力をしよう、という意味であるのは明らかだからだ。もし本当にそんなことが出来るのなら、確かにそれはこの上なく尊いことなのだと思う。
しかし、だからこそ、実際の世の中で『対話』という言葉が使われる場面では、違和感というか、拒否感のようなものを覚えずにはいられない。
『話せば分かる』と口にする人の言葉をよくよく聞いてみると、本当に言いたいのは『話せば(こちら側の正しさが)分かる』『話せば(そちら側が間違っているのだと)分かる』という意味だったり。
『(こちらが正しいのは明らかなのに、それを認めるのが怖いから)相手側が対話を拒否している』という用いられ方をしたり。
『お互いに話し合って、納得のいく形の答えを探していく』のではなく、『相手を説き伏せて、予め自分が用意しておいた答えに従わせる』という意味で対話という言葉が使われてしまっている。
これでは声の大きい人、人気のある人、力を持っている人の発言が正解になるというだけで終わってしまうのではと考えずにはいられない。
ここまで色々書いてはみたものの、結局こんな具合の単純なセリフに何も言い返すことは出来ないんだと思う。
『結局お前は、人の心を動かせる人間をやっかんでいるだけだろ? 悔しかったら人に好かれる努力とか、相手を納得させる訓練とかしたら?』
201529通目の宛名のないメール
お返事が届いています
ななしさん
『人それぞれ』
私が書く小瓶のお手紙やお返事では、奇怪なものを見下すようなニュアンスぬきに使うことが多いよ。
そもそも、私が見下す心なった時は、自分の心が不健康状態だと意識するから。
『みんな』
この地球に生きる全ての人間、あるいは全ての生物を指して『みんな』と言っている。言いたい。
罪を憎んで人を憎まず。
いけない行為はあっても、命はあっていいと思いたい。
愚かさも醜さも少ない方が嬉しいけれどゼロにはならなくて、むしろほんの少しだけある状態の方が賢さや美しさが引き立つだろ。
『話せば分かる』と口にする人の『相手を説き伏せて、予め自分が用意しておいた答えに従わせる』には同感だな。そういう間違えをしている人が多いと私も思う。
理想は『お互いに話し合って、納得のいく形の答えを探していく』なのにね。
『結局お前は、人の心を動かせる人間をやっかんでいるだけだろ? 悔しかったら人に好かれる努力とか、相手を納得させる訓練とかしたら?』
言い返そう。
「人って結局、地位や肩書きや損得で、話を聞いたり聞かなかったりしてない?それを抜きに素直に話を聞けるようになれよ」
ななしさん
「人それぞれ」
「みんな違ってみんな良い」
「対話が大事」
全て真実だと思っています。
自分の主張はしっかり持って、 きちんと対話をする努力をし、 それでも理解出来ないし、 手を取り合えない相手も存在する。
それを受け入れ、一定の距離を持ち 、
相手の人権も尊重出来るように配慮する。
善か悪かの白黒思考では、 人間は広く共存できない。 自分目線の白黒は事実あったとしても、
相手の事をそれだけで否定するような思考は、 持ってはいけないと思います。
対人を自分の物差しや好みだけで、
自分1人だけならまだしも、
仲間と称して巻き込んで行くように仕向ける人は、 存在しますが、
そういう人とこそ、 距離を置きたいと私は思ってしまう。 (私自身もなるべく人を巻き込みたくないので)
人に好かれるって、そんな大した事じゃない。
開き直りなのかなと自問自答することもありますけど、私の場合は、生きやすくなったなあと思っていることも真実です。
ななしさん
こういう事かな。人それぞれ。
A「人はみんな平等だよね」
B「人はみんな平等じゃないよね」
C「見ろ!人がゴミのようだ!」
A「人はみんなそれぞれだからね」
Bは感じる事。Cは殺戮を楽しむ。確かにCの考えは肯定できないね。
みんな違ってみんな良い。
A「日本男子は黒髪だよね」
B「夏は涼しいから坊主かな」
C「流行りものの服はお嫌いかな」
髪の話しだったけど、一人だけファッションの話ししてるみたいな。
対話が大事。
A「探索の指揮官はわしだぞ、忘れるな!」
B「大佐!」
C「君のアホづらに心底うんざり。○ね!」
話しの通じない人もいますね。
結果としてはこうやって生きられてますから、悪い考えだらけって事ではないんでしょうね。
以下はまだお返事がない小瓶です。
お返事をしていただけると小瓶主さんはとてもうれしいと思います。