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最近あった話。友人が大ケガで入院した。命に別状はないけど、別の問題が……。

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僕の現在位置です

交通事故の一報。
大学時代の友人の女性(以下、Cちゃん)からだった。
タクシーとぶつかり、そのまま救急搬送。全治3ヶ月の大ケガを負って入院中とのこと。
命に別状はないことが不幸中の幸いだった。

Cちゃんは中学生の頃に両親と死別している。
それから祖父母と共に暮らし、頑張って大学へ進学し、大手の食品メーカーに就職。
大学3年のとき、ひょんなことからCちゃんと僕は友だちになった。別の学部の、数少ない友だち。
Cちゃんはいわゆる小動物系タイプで、普段は明るく振る舞っているけれど、ふとした瞬間に陰鬱な表情を見せる、そんな子だった。

週に何回か、大学の講義で同じものを履修していたから、その前後の時間や昼休みには二人でよく話をした。
キャンパス内でも比較的新しいビルの2階南側に、デッキが整備されていた。
そこはあまり人目に付かないこともあって、一人で静かに本を読んでいる学生、ベンチに身体を横たえている具合の悪そうな学生、Cちゃんと僕のような少し不思議な関係にある学生……そんな人間たちがいた。

よく話をした、と書いた。
自分でも本当によく話したと思うし、Cちゃん自身もいろんな話をしてくれたと思っている。
陰のある子だな、というのは割と早い段階から気づいていたけれど、そういう子と接するときはとにかくよく話を聞くことだよ……大学で親しくしていた助教からのアドバイスがあった。
今でいう Person-centered Coaching だ。

Cちゃんと話す中で、彼女が時折こぼす「はぁ、今日もお腹が痛い。薬のむね」という言葉が気になっていた。
「これって異性には必ずしも言わなくてもいいはず、でも一度や二度じゃないんだよな。こちらが避けるんじゃなく、むしろ触れてあげたほうが気持ちが楽になるのかな」
そう考えて、「気分悪くしたらごめん。きょう体調良くないの?」と思い切って訊いてみたら「僕の現在位置くん、よくぞ訊いてくれました。待ってたんだ、内心」
よくよく事情を聞いてみると、中学3年の頃にひどい生理痛でバスの中で倒れて、高校時代に PMS がひどくなり、大学に入ってから PMDD との診断が下りていると教えてくれた。

僕は男ばかりの中高一貫校に通い、大学には推薦で入っている。
だから部活(吹奏楽)や生徒会の仕事にも多くの時間を充てられたし、勉学に励むことも出来た。卒業論文も英語で執筆した。
そんな中高時代、人権教育や性教育に力を入れていた教員たちのもとで育ったけれど、いわゆる保健体育の授業は “教科書通り”。
じゃあ他にどうしたのかといえば、家政科(家庭科ではない)と理科(生物)、社会(地理と倫理)の教員がいろんなことを教えてくれた。

私立だから、基本的に歯止め規定の影響を受けないし、「生徒に何をどれだけ教えるか」は需要と供給によってのみ決まると考えていい。非常に合理的なのだ。
どこぞの大臣が言っているような「妊娠の経過は取り扱わないものとする」なんていうことはあり得なかった。
「ねぇ、これ教えてよ」と言えば科学的見地からちゃんと教えてくれるし、聞いている側もそれをエロティシズム、あるいはリビドーと結びつけて考えることはない。

そんなことをCちゃんと話しているうちに、不思議な結束力が生まれたというか、彼女にとって僕はいつしか “よき理解者” となったのだそうだ。
それは僕には嬉しいことでもあるし、彼女からすれば複雑な心境でもあるだろう。
就職してからも定期的に会ったり、「ちょっとそこまで」と出掛けたり。
恋仲になるわけでも、疎遠になるわけでもなく、ちょうどよい距離感を保っていられるのは、タイプが合うからなんだろうな。

先日、Cちゃんのいる病院から電話が。
事故の一報から中2日、本人から病状の報告があった。
電話口の声、初めこそ明るかったけれど、どう考えても空元気で、そのうちトーンが下がっていくのがわかった。
ベッドから下りられないので、看護師が携帯している医用 PHS から外線発信で掛けているようだった。

救急搬送されたときのままの持ち物とお金しかなく、スマホも電池切れで使えない。両親が他界していて、その後に祖父も亡くなり、唯一存命の母方の祖母は重い認知症なので頼れない、会社の上司や同期たちは底意地の悪い人たちでこちらも頼りたくない、と。
「僕の現在位置くんには本当に申し訳ない、無礼を承知でお願いしたいんだけど、3~4日分の下着の洗い替えと、お客さんが来たときに当てるのを持ってきてもらえますか……」と、か細い声でポツリ。
そう言って、彼女はしゃくり上げ始めた。

「わかったよ。なるべく早く行くからね。もう少しだけ待っててね。いろいろ、変わってないね?」努めて平静を保ちながら返事をした。
「うん。変わってないよ。ごめんね、ごめんね。」
電話の向こうで、「もういいですか? まだなの?」と苛立ちを顕にする女の声が聞こえた。看護師だろう。

Cちゃんが泣いていた本当の理由を、僕はこのとき、まだ知らなかった。

♪火花 / コーネリアス
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