『先生は、いじめだけは絶対に許しません。困ったことや、嫌なことがあったら、いつでも相談するように。』
中学1年生の始業式。そう言った、先生の言葉は、嘘だったのだろうか。
私の名前は、塩崎ほな。中学1年生の、ごく普通の女の子。
なのに、なぜ、目をつけられたの?
なんで、私は、今日もこんなに辛い目に遭わなきゃいけないの?
毎日が辛い。 毎日が、辛い‥‥。
部屋の端っこに干してある制服を手に取る。
今日もまた、学校に行かなくてはいけない。
「ほなー? 起きてるの? 遅刻するよ。早く降りてきなさい!」
居間の方から、お母さんの大きな声がする。
‥‥起きてるよ。
普通だったら、みんな、今日は体育があるから楽しみだなぁ、あっ、でみ数学もあるから嫌だなぁ、なんて思いながら、元気に飛び起きるんだろう。数学なんぞに、嫌だと思うことができたら、どんなに幸せだろう。
でも、私は、今日起こることが、どんなことか、知っているから‥‥。
小学校のとき、すごく中の良かった子も、自分がターゲットになるのが怖いのか、声もかけてくれなくなった。
休む勇気も、私は持てないでいる。
どん、どん、どん。
お母さんが、階段を登ってくる音がする。
ガチャ。
ノックもせずに、お母さんがドアを開けた。
「ねえ、何してるの? お母さん、仕事行かなきゃいけないんだけど。」
「きゅ、急に入ってこないでよ‥‥!」
「急に入ってこないでって、どれだけ呼んだと思ってるの? 中学生になってからずっとそんなふうだよ。毎朝全然起きてこない。シャンとしなさい!」
私は泣きそうになるのを堪えて、制服に着替えた。
居間に行くと、机の上には、パンと目玉焼きとヨーグルトという、定番の朝ごはんが並んでいる。
私はヨーグルトだけ食べると、髪を整えて、リュックを背負って家を出た。食欲なんて、いつからか消え失せていた。
行きたくない。行きたくない。いきたくない。
中学生って、何をしたら、人が本当に追い詰められるのかわかってくる年齢なんだろうな。
いじめの内容が、言葉だけじゃないのって、本当に耐えられない。
行きたくない。いきたくない。
‥‥生きたくない。
いじめは許さないって言っていたのに、先生、何にもしてくれないじゃん!
相談だって、できるわけないじゃん!
学校も嫌。
家も嫌。
みんな、嫌!
誰か、気づいてよ‥‥!
私は、学校に着くと、教室にも行かずに、屋上へと進んだ。
『立入禁止』と書かれた張り紙を無視して、屋上の扉を開く。
強い風が吹き抜けた。
柵の前に立つ。靴を脱ぐ。ため息をつく。怖いのに、少しだけ安堵している自分がいる。
止めてくれる人なんて、いない‥‥‥‥。
「待って!!」
私の後ろから、声がした。
涙が私の頬を伝った。振り返ると、小学生の頃の、友達が立っていた。
「待って! だめだよ、ほなちゃん。そんなことしないで!」
私の口から、息が漏れる。
あの子は‥‥そうだ、ゆいちゃん‥‥。
「私っ、今までのこと、絶対ダメだと思ってて! 人の気持ち考えないで、なんでもしちゃうの、当たり前になっていくのが怖くて! 今日、絶対に、こんなのダメだよってみんなに伝えるんだって思って、学校に来たの。そしたら、ほなちゃんが、教室に入っていかなかったから‥‥ごめん、ついてきちゃって! でも、私、ほなちゃんには‥‥生きていてほしい!!」
「え‥‥。」
「先生も、『いじめは許さない』的なこと言ってたのに、見て見ぬふりしてるよね。最低だよ、あんなの! 今日からは、私が味方するから。一緒にこんな学校ひっくり返そう!! 一緒に泣こう、一緒に笑おう!!」
「ゆい‥‥ちゃ‥‥っ‥。」
私の嗚咽が屋上に響いた。ゆいちゃんは、力強い目を、私にずっと向けていた。
庇ってあげたい。だけど、そんなことしたら、自分がいじめられるかもしれない。
そうやって、離れてく人ばかりだった。
絶対ゆいちゃんだって、怖いのに、こうやって励ましてくれる。
私を、止めてくれた‥‥。
私は、死なない。
死んだって、どうにもならない。
どんなにいじめられたって、最っ高の人生歩んでやる。
ホームルームの始まりを告げる、チャイムが鳴った。
私は、教室に向かって、歩きだす。