〜瑠唯 視点〜
「He was teaching me tennis at 3pm yesterday.」
イヤホンから流れる英文を小声でリピートする。
登校中のこの時間も無駄にしてはならない。僕は英語が苦手だから、次の小テスト90点を目指して集中的に勉強する。
ついこの間も、定期テストの点数が476点で親に怒られた。1教科100点の五教科のテスト。決して学年で低くはないけど、480点台がマストだって。
でも、ふとしたときに思う。それって、親のエゴだよね。
イヤホン越しに、車掌さんのアナウンスが聞こえる。まもなく駅に着くようだ。
イヤホンを外して降りる準備を始める。電光掲示板に「忘れ物注意」と出ていたのを見て、改めて身の回りを確かめる。よし、OK。
「若ぇのがスマホなんていいなぁ。俺は運送業だし金無ぇんだよなぁ。」
目の前で新聞を読んでいたおじさんが、ぶつぶつ言い出した。独り言のつもりなのか、正直うるさい。
スマホは勉強用のアプリしか入れちゃいけないんだし、おじさんが想像している用途ではないだろう。
親のエゴで持たされた場合、「若いから」は理由になってない気がする。
『次は、霹靂大学前〜、霹靂大学前〜。お出口は右側です。』
でも。
改札を出て学校に向かっているとき、ふとさっきのおじさんを思い出す。
僕は富裕層の家庭に生まれた。両親とも秀才で、エリート企業に務めている。
ふたりとも、自分たちのこれまでの人生を信じて疑わない人なんだ。小学校から受験組で、ろくに遊ばせてもらってない。
今の「霹靂大学付属中学校」は、日本で一番の偏差値を誇る中学校。母さんが近所の人に、自慢しまくってるのを見た。
この人生は、親にレールを敷いてもらって出来ている。僕はその言いなりになるだけ。
でも、かといってそれに不満があるわけでもない。むしろ、自分で物事を考えるのは苦手だし、将来を決めてもらえる気楽ささえある。
ただ、たまに心配になる。
例えば、テレビに写っているスポーツ選手。雑誌内ででインタビューを受けているミュージシャン。午後2時台のドキュメンタリー番組。
そして、いつもと変わらぬこの町並み。
それらを見ていると、いろんな人生があること、いろんな大人がいることに気付かされる。
あのおじさんは、自分の置かれた境遇を不満がっていた。
でも、給料が低くても幸せそうな人、学歴が高くても幸福じゃ無い人も見てきた。
僕は、どうなんだろう。
そう思いながら、校門をくぐった。