私に飼われる犬が可哀想。一昨年11月、我が家に一匹のトイプードルが来た。それはそれは可愛くて、もちろん今も可愛いし愛おしい。たとえ自分の命を犠牲にしようとも守りたい家族。
でも、そんな綺麗事では片付けられないこともある。そう、世話。私は7年鬱でほぼ寝たきりな上に飲食もままらない廃人のクズ。私は実家に住んでいて他に3人、母と父と兄が一緒に暮らしているが、平日は誰も家にいない。散歩ができるのは私だけ。でも私はできない。
愛犬のお散歩をしようと思うと何故か「今日愛犬のお散歩したらそのまま死のう」とか、「今日愛犬のお散歩したらODか洗剤飲もう」とか、とにかく自殺に繋げたがる。理由は自分でも不明だが、イライラしてるのは確か。毎日親に「なんで今日も散歩行かなかったの?可哀想じゃない、そんなの虐待だよ」と言われる。うん、知ってる。行けるもんならとっくのとうに行ってる。
正直、私たち家族が犬を迎える時も決して私が元気だった訳では無い、が少なくとも歩けてはいた。今の私は体ボロボロで上手く歩けない。でもそんなの言い訳にすらならない。
可哀想な愛犬、私に飼われてさぞ不幸だろうに。お散歩以外の世話が完璧でもお散歩が出来なかったら意味が無い。ほんでまた親に怒られる。
まあ、たぶん私の家族は犬を飼うことで私を死ねなくしようと、死ねない理由を作ろうとしたのだろうが、私の自殺願望はそんな甘くないぞ。そんなんで止められると思わせてしまった私も悪いが。
本音は、愛犬を置いて死ぬ訳には行かない、でもそれはただの綺麗事。誰に迷惑かかろうが死後も責められようが、私は死ぬと思う。
私が親に怒られる限り。
この話は万人を敵に回すような内容だけど、誰が私に暴言を吐こうとも無傷。
以上20歳現在重度鬱、13歳で自殺未遂経験済みクズの私からでした。
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