誰かに知っていて欲しいと思って書いたものなのでまとまりがない心情報告(?)のようなものです。
小さい頃から不満はたくさんあった。自我があった頃から、生きることに不満はつきものだった。
常に、我慢しなさい、と母に言われていた。
あたった100円のおもちゃ、美味しいそうなお菓子、甘そうなジュース、体に悪そうだけどみんなが食べてるミントチョコアイス。それと、お母さんや友達と遊ぶ時間。
いくらねだっても必ず、我慢しなさいの一言で済まされた。
理由は様々なものだったけど、全部わたしのためだととってつけたように言っていたっけ。
その頃の純粋なわたしはそれを信じてこう思うことにした。
まぁ、確かにお母さんは二人の弟の面倒をみなくちゃいけないし、何もできないわたしは我慢することでしか、お母さんの役に立てないのかも。
だからそれからは納得したふりをしてやり過ごしてきた。
そして成長するにつれてこの癖はわたしの思考に影響を与えるようになった。
お母さんから愛されなかった分、友達に愛してもらおうと必死になって、
そして最終的にできたのは、「いい子」の仮面をかぶったわたし。
誰にも怒らない、悪口は一切言わない、頼み事は喜んで引き受ける。
そしたら自然と愛された…ように感じられた。誰にも怒られないしい嫌われない。
でもそれは逆にどうでもいい存在だったということで。
関係がきれたらきれたで即、終わり。
怒りや寂しさも母にかけられた「我慢しなさい」という呪いの呪文で縛られたわたしは大切な友人でさえ追いかけることはしなかった。手紙、メール、ラインも一切なし。
そのせいで失った人数は4人。それがまた、起ころうとしている。
本当は行かないで欲しい。そばにいて常に感情を共有したいと思う。
同じものを見て笑って、辛いならお互いを支える。いや、辛いならわたしを吐け口にしてもらってもいい。
それでそばにいてくれて、わたしの存在が友人にとって少しは意味があるようになるなら、怒られても、罵られようとも、うざがられても、受け入れて笑ってみせる。
でもこんな気持ち悪くて、重い感情は我慢しなくては。こんな変な感情なかったことにしなければ、周りに見捨てられる。そしてまた我慢する。
でももう限界なのかもしれない。最近は誰とも会いたくないと思う。
何も揺さぶりがない、無感情の状態二なりたいと思う。
何もしたくないのだ。
でもどうしても人のせいで嫌な気持ちになると、その人をひどく残酷に傷つける妄想をすると不思議と心が落ち着く。
それくらい周りの人間の存在を拒否している。本当は一人でずっと引きこもりたい。
だけど普通でいなくちゃいけないから、学校に行って傷つけたい相手の声を聞き、楽しそうに笑う人が存在する空間にいなくちゃいけない。
だって我慢しなくちゃ、誰にも愛されないから。
ここまで書いてみて読み返してみるととっても隔たっていて、少し笑えてくるけど、これがわたしの本心だ。