自分の顔が嫌いすぎる。
自分の顔がコンプレックスの塊で辛いです。むしろコンプレックスじゃない所がなくて、目も眉も鼻も唇も歯も顎も頬も全部嫌いです。
外を歩いていると、鏡やガラスの横を通り過ぎるときは絶対に顔を確認してしまいます。自分の外見が見えてないのが怖いから。見てから気落ちして見たことを後悔して、でもまた次も無意識に見て……の繰り返しです。
同じ理由で他の人に写真を撮られるのもものすごく苦手で、自分が写された写真は基本的に消してしまいます。
2年弱お付き合いしている彼は毎日のように「可愛い」と言ってくれます。でもそれすらもお世辞に聞こえるのが辛くて、彼に「言ってくれるのは嬉しい、でも認めることはできない」と伝えたところ、「わかった、でも俺は可愛いと思うよ」と。お世辞で言ってくれるだけでも世間一般で言ったら幸せなことなのに喜べない自分が醜い。素直に喜べるくらい自分の顔がましになればいいのに。自分と付き合ってくれている以上、彼の前で自分を卑下するのは彼に対しても失礼だということは十分に分かっています。認められない原因である自分の顔が本当に嫌です。
同じ境遇の方はいますでしょうか。
どうしたらこの醜さが無くなるのでしょうか…
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ななしさん
うーん、なんかそういう時期あったかもなー。
わたしの場合は、顔のパーツよりもスタイルが気になっちゃう人だったんですよねー。特に街歩いてたりすると、背が高くて細くて肌がきれいな人見ると思わずきれいだなーとかそれに比べて自分は…みたいな。
確か高1のとき、あんま仲良くない子に足太いとか笑われたんですよねー。傷つきましたね。本当に。
でも、よくよく自分も考えてみたら心のどこかで差別してたんですよ。
たぶん、私自身背が低いことや細身でないことに
コンプレックスを感じてたんですね。
あなたも薄々気づいてるかもしれませんけど、
みんなコンプレックスがあって、どうしてもそれを自分に、他人に、求めてしまうことが生きてるとどうしてもあるんですよ。
それにようやく気付いてきたんですよ。
あなたの外見を気にすることは醜くは全然ないんですよ。
私も、たまに思いますしね。
ただ、憧れとして思うだけにしてます。
だって、いくら悩んだところで朝起きて急にモデル体型になったりしませんから。
ようするに、自分を責めすぎてはいけないんですよ。
ある程度、境界線を張っていた方が、少しは気持ちも楽になれるかもしれません。
わたしは、そう思うことで楽になりました。
境界線を張るというのは他人と自分を比べないこと、自分の中の理想像を求め過ぎないということです。
少しでも、努力することは大事だけれど理想像を求め過ぎることは身を滅ぼします。
あなたにはあなたの美が存在するんです。
どうか自分を責めないであげてください。
ななしさん
気持ちはわかります。素直に受け取れなくてもそんな素敵な彼氏さんの存在には感謝しなくてはならないと思います。
それこそ手を離しては行けないと思います。
お幸せに
美醜の基準は人それぞれだから私があなたを知らないのはこれ幸いです。知らなくてもこれだけは言える。
美醜コンプレックスは何か他のものの代価ではないですか?
もし、あなたがこうなったらもう何も文句はない、120%満足いう状態になったとしたら、何が満たされるんですか?何が消えますか?または、何が残りますか?
わかりませんが、親との関係や小さい頃に受けた傷や欲しくても貰えなかった何かがあるのかもしれない。それと向き合うことが出来たら(今やれってことじゃないないです)、ここまでそれに振り回されなくなるのかなぁって感じました。
美醜はあなたの基準。それはその通りです。
でも心の表面で感じることだけ変えるよりもその下の無意識の何故それを求めるのかを観ることが大事だと思います。
人の好き嫌いだって、無意識の動機から来てるんだから。
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