あたしは小説を書くのが好きで、ネットに投稿したり文学賞に出したりしてるんだけど、書いてるうちに気付いたことがあるんだ。
昔言われて傷ついた言葉、無意識に避けてるな、って。
例えば「ありえない」。小中学校の頃のクラスメイトが、あたしの言動をひとつひとつあげつらって笑う時によく言ってた。
「馬鹿にしてるのか」。心を病んだ母親があたしを怒鳴る時、いつもそう言って詰め寄ってた。
「うるさい」。クラスメイトにからかわれて必死に抵抗してた時、いわゆる傍観者はそう言って迷惑そうな目をした。
「謝ればいいと思ってんだろ」「どうせ演技だよ」「邪魔」「あんたなんかにご飯作っても無駄だよね」「こっち見んな」「お前と友達になりたい奴が何処にいるか」「死ぬ気もないのに遺書なんて書くな」「失敗作」「あんたのために言ってるのにその態度は何」「調子乗んな」「こっちが限界だよ」「お腹の中でずっと私のこと馬鹿にしてたんだろ」「勝手に死んでろ」「やることないなら帰れ」……
改めて思い返して並べてみたら、まあまあ酷いもんだね。
……上に挙げたみたいな言葉、何か無意識に避けちゃうんだ。
たぶん、あたしの心の中には、固く閉ざされた蓋がある。
イメージはマンホールの蓋かな。下手に開けると、汚いものがたくさん表に流れ出ちゃうんだ。
放っておけば心を全部覆い尽くして、大雨の日の川みたいな濁った色に染め上げてしまう。
それを開ける鍵がきっと、言葉なんだ。
だけど、辛いこととちゃんと向き合わなきゃ、良いものは書けない気がしてる。
こんな風に固く封じ込めたままじゃ、きっと綺麗事しか言えないよ。
綺麗事は誰の心にも届きやしない。誰も救わない。あたしが書きたいものはそんなものじゃない!
……でも、怖いんだ。
あの蓋をこじ開けて、自分の中の汚いものが溢れ出すのが。
蓋を無理やり開けようとすると、蓋が「開けるな! 開けるな!」って叫ぶんだよ。
踏むと喋るマンホールの蓋がディズニーランドにあるんだけど、それみたいにね。
誰かの心を動かす文が書きたい。そのために自分の中の汚いものと向き合いたい。
……でも、それで自分のことを壊すのが怖くて仕方ない。
どうしたらいいのかな。考えても、答えが出る気配がないんだ。
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