親の涙。
数年前の話。忘れるべき話話で、忘れたい話なので、忘れる前に残しておこうかなと。
私は2年の先輩と共に、屋上から飛び降りようとしました。彼女は特に仲の良い先輩という訳でもなく、ただ共に希死念慮を抱いていたからでした。1人で出来ずとも、2人でなら、と。
結果的にはこの通り生きてました。4階まで上ったところで、翌日が卒業式だから、迷惑がかかるから、と先輩が止めたところで私も止めました。死にたかったのはそうでしたが、1人で死ぬのは怖かったのです。
私はこの先輩とのやり取りをLINEでしていたのですが、その時は運悪くトーク画面を開いたままスマホを閉じていたらしく、スマホの設定を変えようとした母親に見られていたそうです。
部活後、うだうだと喋って4階まで上がった後の帰宅だった為、帰宅時間は比較的遅かったと思います。とは言えそんなに遅い訳ではありませんでした。
家の前、路地に入った時、スマホを片手にサンダルで母親が出てきたのを今でも鮮明に覚えています。
バレたんだな、と思いました。
その後の流れは覚えていないのですが、私が自室で着替えを終えその日の荷物の片付けと翌日の荷物の準備をしていた時、母親が部屋に来ました。
スマホを見たことを告げられ、その理由を教えられました。顔を見たくなかった私は必死に背を向けながら作業していました。
「死んじゃうかと思った」
そう言った母親の声は震えて上擦っていて。涙腺が弱く映画等ですぐ泣く父と違い、初めて見た様子でした。見えてはないんですが。
正直、嫌悪感の方がありました。
私は今も昔も母親が好きではなく、それは親を泣かせても変わりませんでした。
そもそも死のうとした理由は、慢性的な希死念慮にストレスで火が着いた形で、ストレッサーはその母親でした。どうしても母親のことは好きになれませんでした。同族嫌悪の可能性もありますが。
私をこうさせたのはテメェだよと思いながら、父譲りの弱い涙腺は気持ちと相反して緩み始めました。最悪でしたが、まぁコイツをどうにかするには良いかな。そもそも見えてないし気づいてないかな、なんて思ってました。
私はいじめと言うには浅いような、小さな嫌がらせを2人の男子に一応受けていました。変にちょっかいを掛けた自分のせいでした。自分の蒔いた種によるものであることは自覚していましたが、生来よりかまちょな私はそれこそその事実を母親に言っていました。
だから母親はそれが原因だと勘違いをしてくれました。ありがとうな男子2人。
勘違いしている事に気付いてからは良い感じに罪を擦り付け、母親を部屋から追い出しました。それ以降その日の話はしていませんが、今でも思い出すと嫌悪感が溢れます。
いっそ、自殺の理由になるほどの壮絶ないじめでもしてくれてたら良かったんですけどね。
親を泣かせた、という話は稀に聞きますが、その泣いた親に関してこうも嫌悪感を抱くものなのかと今でも驚きます。
私の中で親とは絶対的な存在で、それまで弱みを見せられることが無かったのも原因かもしれません。あの日から、私は母親を尊敬できなくなりました。
当て付けに言ってやろうかとも思いますが、これ言ったら多分病むので言えません。
母親を無視して死ぬことも出来ますが、幸い今は心に余裕があり、迷惑と恐怖を考える余裕が存在するのでそうもいきません。お前があのとき止めたから生きてるんだぞ、という言い訳をしつつ親のスネを齧って今日も堕落しています。春からは通信高校を卒業し専門生です。
技術を身に付けて夢が叶い次第、家で誰よりも早く死んでやるのが目標です。
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ななしさん
どうしても好きになれない人はいるから、
それが親でも仕方がないと思います。
早く技術を身につけて、手に職を持ち、
家を出るのが一番平和かと思います。
それで好きな人と一緒に暮らして、
親とは離れてしまえば、
また違った世界が広がると思いますよ。
お母さんが嫌いなんですね
私もお母さんが嫌いです
私も同じく希死念慮を抱いています
ですが、今は大切な人のために頑張るために生きることにしました
私が死にたいって思ったのは、お母さんとお姉ちゃんのせい
簡単に言うと、家族のせいです
死んだら、死のうとしたら私の家族は
泣いてくれるのかなっていつも思います
私が死にたいということがバレたとき、
私の家族は、さっさと死ねと言われて悲しかったです
その目標は、ちょっと叶ってほしくないです
すみません
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