「無理してる」って思い込みたいだけだ。「頑張ってる」って言いたいだけだ。「なんにもしてない」ことを否定することで己の存在を肯定してもらおうとする働き……キモい行動。わたしがやってるのはたぶんそれだ。
自分自身が自分を認められない分を、他人に認めてもらおうとした。
自分自身が自分を否定できない分を、他人に否定してもらおうとした。
人と関わるのは、ボク的にはものすごーく煩わしいのだが……でも人と関わらないと【人間】という奇妙な生き物を、【わたし】という不可思議な生き物を理解できないだろうと思う。
どうにかしたかった。こいつを。
どうにかするために、このままではいけないと思いつつ、脳内に浮かぶ『したほうがいいであろうこと』をひたすら拒否ってる。拒否っても生きられる現状が、わたしを甘やかした。仮に“生きられない”としても『死にたい』という言葉が、わたしを甘やかした。
誰に何を言われても、誰に何も言われなくとも、ボクはボクのしたいようにする気がする。
不登校の、あの時みたいに、無理矢理手を引っ張ってくれる人がいたらいいのだろうか。
不登校の、あの時みたいに、頻繁に家に来ては行動できるよう取り計らってくれる人がいたらいいのだろうか。
まあ、前述のほうは長くは続かず……
後述のほうは1年は続いたが結局……
バイトの、あの時も、誰かに助けてもらったから働けて。
自分から行動しようと思った時には上手くいかず……
教育が行き届いてないのだろう。社畜になるよう洗脳されてないし、仕事をしなきゃ家事をしなきゃ生きていけない死んでしまう怒られる酷い目に遭う……そんなふうに洗脳されてもないし。生きていく力を与えられず、死ねば楽になるという洗脳を自ら行った愚か者。こんなわたしを、どうするべきか。誰が解く?自分?やっぱり自分がやらねばダメ?わたしが加害して、わたしが救済するの?どういうこと?世の中に何億もの人間がいて、結局自分だけが自分を殺しては生かすというの?それを決定するのはボクか。
どうしてこんなにひとりぼっちなんだろう?
どうしてこんなに独り舞台にしたがるのだろう?
なんで僕ってば、こんなにめんどくさいのだろう。
そこが美徳だと考えてしまうのは阿呆でしょうか?
人類が滅びるのは、いったいいつで、その時に世界はどんな景色をしているのか。原始的なのか。未来的なのか。
本日のお手紙これにておしまい。
ありがとうございました