既卒就活で、両親からの正社員への伝手もコネも断れば良い顔をされないのは分かってた
フリーターの身分ではいられないことも分かっていた
でもそれ以上に自分が無価値だと知っているから、2人が言う通りに『紹介されたから採ったけど使い物にならない』という事態になることは予想に難くなかった、それを説明すると母はカウンセリングを薦め、父は苦虫を噛み潰した顔をしていた
どんな自己分析も、友人をはじめとした周りからのどんな評価も私は受け入れないし認めない
おかしいのも気違い(母談)なのも中身が空っぽでネジが外れている(妹談)のも、全部わたしだと知っている
今まで必死に取り繕ったけど、この20何年の付け焼き刃はまだ甘かったらしい
もっと頑丈にしなきゃならない、まだまだ足りない、もっとハリボテを増やせばこのモヤモヤ感を吹き飛ばせると経験則で知っている
『あなたには価値がある』といった類の言葉は私以外の人に向けられたもので、もし私に降りかかってくるのなら綺麗事だとしか思えないのだ
ただそれを表に出すのは億劫だから、表面上は『良さそうに』見せかけていただけ
自分の性格の悪さからいうと、もしかしたら今までに高く評価してくれた相手を見て内心嘲笑していたかもしれない
サイレントでもお祈りされても先見の明があるなぁ、としか思わなかった
それで上手くいかずに地団駄を踏んでいるから自業自得としか思えない
両親への責任転嫁はお門違いだし、伝手の件も私のガキすぎる八つ当たりなのかもしれない
そんな薄っぺらの自分をよく分かっているから、内側に向けた反論も反証も惜しまない
幼少期の私は恐らく今よりもそれがだだ漏れだったと思う
だから父に「何も持ってないな」と言われ、母には「ぶち壊し屋だね」と称されても、一つの反論すらしないで心底納得できたのだろう
数年後に当時小学生だった妹が「中身がなくて空っぽだ」と看破した時は達成感すらあった
それに満足したから、『良い長姉』へとシフトチェンジした
すると、「性格が変わりすぎて気持ち悪い、今の方が断然ましだけど」との評価になった
だから純粋に疑問に思った
世の中の人たちは、『自分の価値』をどのようにして手に入れたり見つけたり知ったのだろうかと
そして、例えば仕事や社会的な立場を除いた場合に残るものは何だろうかと
私には一生掛かっても手に入れられないものだから、他の方々の意見を伺いたくなりました。
宜しければお教え下さい。
目を通して頂き、ありがとうございました
名前のない小瓶
53529通目の宛名のないメール
お返事が届いています
さびより
こんにちは。はじめまして。自分が思ったことをただ言うだけですので、不快でしたら聞き流して頂ければと思います。
突き詰めて考えると、価値などというものはこの世には存在していないんだろうなぁ、と思います。
人間社会において、一般的には努力やや成果や愛や友情などに価値があるそうですね。物で言うと、お金や宝石や美味しい食べ物や自然にも価値があるらしいです。
では誰がそれを決めているのかというと、人間が決めているようです。しかしよく見ると、時代やその時の風潮によってコロコロ変わっています。ぜんぜんアテになりません。笑ってしまうほど適当だなぁと思います。
じゃあ自分の価値をどこに見出すのか?どうやって決めるのか?ということになりますが、最終的には自分が見出し、自分が決めることになります。
ただしここで注意すべきは、価値を決めるための基準です。
一番重要なのは『自分が自分に満足したか』です。社会や他人の基準は微修正のための参考程度にはなりますが、それに依存してはいけません。他人の都合でコロコロ変わるので、結局はアテにならないからです。
今日は寝て起きてご飯三食食べた!目標達成、よくやった自分!自分ははとても価値のある人間!……心からそう思うのであれば、これでぜんぜんオーケーです。
ただ、もしあなたがこれまで他人の評価だけを基準にして生きて来られたのなら、自分の満足基準がどの程度のものなのかすら分からないかもしれません。
ひょっとすると、異常に高いハードルを設定している可能性もあります。
そんな場合は、面倒かもしれませんが、赤ちゃんレベルまでハードルを下げるところからはじめましょう。
自分の意思で生きることを選び、ご飯食べて、トイレをして、笑いたければ笑う。泣きたければ泣く。これでオーケーです。
私の考えでは、生きることを決めて行動した時点で、あなたは生きることを達成できたのですから、生きる価値があります。
達成できたら、もう少し先へチャレンジしてみてもいいかもしれません。急がず、実感が体にしみるまでゆっくりと、子供が育つようにして順番通りにするのがオススメです。
なぜなら、世の中の人は自分の価値を、幼児時代からの周囲の承認や否定によって少しずつ培っていくからです。社会的地位や能力以前に、存在自体を肯定してもらい、存在自体に価値があると信じられている状態なのです。
ただし、周囲の人々の人間性に問題があり、あなたの存在自体への承認をしなかったり、あなたにやたらと高いハードルを課し続けた場合、子供は自分の存在自体に価値があるのだと信じることができません。
こうなると、とても辛いことになります。存在自体に自信が持てないと、常に人の顔色を伺って機嫌をとったり、過剰な努力をしたり、逆にそれらに疲れて全て諦めてしまったりするからです。幸せとは程遠い状態ですね。
これは私の物差しですが、あなたは文章もきちんとしていますし、語彙もあり、しかも単語を適切に使用できているようです。日本語が拙い日本人は多いものです。ここだけ見ても、あなたが社会的にそれほど卑下されるような方とは到底思えません。
できれば世界を広げ、沢山の人に意見を募ってみてはどうでしょうか。そのツールとして、ネットは便利かもしれません。集めた意見をひとつひとつ吟味してみると、また新しい発見があるかもしれません。
もし本当に中身が空っぽなら、最初から順繰りにひとつひとつ詰めて、満たしてやれば良いのです。
これは多分、一生はかかりません。思い切ってやればやるほど、短時間で済みますよ。
あなたを否定する声が聞こえるかもしれませんが、その批判について本当に順当であるかどうか考えてみてください。オススメは、自分ではなく他の人がそれ(百点じゃなきゃダメ、大企業に就職しなきゃダメ、など)を言われていたらどう思うか、と考えて、なるべく客観的に批判について考えることです。
……ロクにまとめもせず色々と書きましたが、もしも変化を望まないのであれば、それはあなたの選択ですから、誰に批判されることでもありません。
どんなことであっても、自分の意思で決めることが大事であると思います。悔いのないように生きてください。
やたら長文で申し訳ありません。的外れでしたらお忘れ下さい。お目汚し、失礼致しました。
ななしさん
生まれたときは最初は誰しもからっぽで、かけてもらった愛情や自分で体験したことなどが詰め込まれて自分の価値になるのかなと思います。
だから社会的な立場がなくなったとき残るのは思い出なのかなと。
ただがむしゃらに社会のために働いてきたけど、いざ定年してみたらからっぽで何もないことに気付いた。今まで何をしてきたんだろう。なんていうご老人の話も聞いたことがあります。
ハリボテを増やしてモヤモヤを吹き飛ばしたような気分になっても、それはあなたが論理的に構築したハリボテの上で周りからの言葉を論破して嘲笑していたいだけなのだと思います、、気付いてるかとは思いますが。
傷付かないためにはハリボテを身に纏う必要があるのはわかります。でもそうしたらいつまで経ってもハリボテの上からの評価しかないし、あなたが体験したこともハリボテが体験しただけのことになってしまう。それはすごく虚しいことです。
ななしさん
自分に価値があると感じたことはありません。
私より美形な人、頭がいい人、お金持ちな人は山ほどいます。私自身のスペックは、高くありません。
そして私の仕事も、誰でも出来ます。私がいなくなって会社が回らなくなるなんてあり得ません。だから会社での重要度もそんなに高くない。
どこにでもいる、ゲーム内で言うなら「村人A」です。
でも、自分が恵まれていると感じることはたくさんあります。
仲良くしてくれる友人や同僚がいて、愛してくれる家族もいる。
だから私は、自分の価値は実感しないけど、自分の幸運を嬉しく思いながら生きています。
この世界にとって、私は生きる価値がほとんどありません。私1人死んでも、時代に何ら影響はない。子供や孫がいても、せいぜい100年ほどで、私は存在ごと忘れられてしまうでしょう。
でも私にとって、この世界は生きる価値がある。大切な人がたくさんいて、好きなものもたくさんあるから。
この世界に、特別な人ってほぼいません。
1000年も語り継がれるような名前が残る人は、とても少ない。
ほとんどの人は「村人A」や「兵士B」であり、客観的に見た自分の価値でなく、自分が想うものに価値を感じ、それを心のよりどころにしながら生きている。
私はそう思っています。
社会的な立場などを除いた時、特別な才覚や個性などは、私には残りません。
それでもいいんです。私自身に大した中身がなくても、私が愛するものが、私の周りにあればいい。
主さんは、何を心のよりどころにして生きているか。
それは、「無価値な自分」だと、私には見えました。無価値であることこそが自分の価値だと。
無価値なままでいいと思ったなら、あなたにとっては、無価値な状態に何らかの価値、メリットがあるのだと思う。だから変えないままで生きていられる。
何か情熱を向けられること…
夢を見つけるとか
愛する人に巡り合うとか
フリーターでいるのも限界の年齢になるとか
今までの環境や価値観が変わる何かがあって、それにつりあう自分でありたいと願った時。
「無価値な自分」に本当に価値が見いだせなくなった時。
あなたは誰に言われるでもなく自分の意思で、今のハリボテを壊すことになるでしょう。
その日が来ても一生こなくても、あなたが幸せであることを祈ります。
ななしさん
決めるものではないし決められるものでもない。
ななしさん
自分自身。
それ以上も以下もない。
ななしさん
生きる意味は何なのか、に似てるね。
ななしさん
そもそも自分の価値とか考えたことない。
第一何をもって価値があるとかないとか言うの?
以下はまだお返事がない小瓶です。
お返事をしていただけると小瓶主さんはとてもうれしいと思います。