数年前に可愛がっていたペットが大往生で旅立ち、お骨を実家に置いています。
今でも元気だった頃の写真を見るとウルっとしたり、おまぬけシーンが映っているビデオを見ると元気づけられます。
しかし両親のペットに対する思い入れはもっと激しく、段々エスカレートしています。
例えばお供え物は最初は袋に残ったカリカリを供える程度だったものが、生前ペットが好きだった焼き芋を毎日1本買ってきたり、食事のメニューが買い込んだお供え物基準になりました。
楽しく食事をしようとすると、「(投稿主)のご飯を(ペット)ちゃんに分けてあげなさい」と言われます。また、うっかりたべこぼすと「(ぺっと)ちゃんが食べたりないって怒っている」と言われ、うちのペットは神か何かなの?と思ってしまいます。
ペットに関する思い出話でも段々食い違いが生じており、「うちの子は賢い」から「賢くて、私たちの言葉を理解して行動していた」に飛躍しています。写真やビデオでの仕草1つにも「賢い点(人間との共通点)」をこじつけてきてうんざりです。
ペットのお世話道具も捨てずにしまい込んでいるようで、先日私の趣味の道具入れを片付けようとしたら中にう〇ち回収用の道具が入っていました。
すぐ親に抗議しましたが「別の用途でもつかえる」、「ずっとお世話に使っていたのにヒドイ」など道具1つにもペットとのつながりをもっており、それを押し付けてきます。
一気に書いてしまいましたが…大好きだった子が家族に認識を歪められて、そうしてる内に段々嫌いになっている自分に不安になり書き込みました。
一応解決策は考えていて、近いうちに一人暮らしをするのでお骨を実家から引き離し、そっと共同墓地に移そうかと考えています。
そして散々「(ペット)ちゃんに失礼だ!ウチでは一生生き物は飼わない!」と言われてきましたが、一人暮らしを機に1匹お迎えする予定です。
家族の強迫観念のような神聖化に疲れました。ペットは良くも悪くも動物らしさがあるから可愛くて、亡くなっても緩やかに忘れていくからこそいい思い出が際立って残るんだと思うんです。なのにどうしてこんなことになったのでしょうか……親は特に何度も小鳥を飼っては寝返りや踏んで圧死させていた(本人談)位、命を重く受け止めていなかったのに…。 愚痴になってしまいましたがとりあえず今自分にできることから頑張ってみます!観覧ありがとうございました。