もう決めてはいるんです。
一年後に、この命を終わりにしようと。
一年後である理由は、この鬱病休職期間中に親に借りたお金を返し切るため。
だというのに、事故を起こしてしまい更にお金が必要になってしまった。
相手からは脅され、責められ。
親も助けてはくれず。
支えになってくれる友人も恋人もいない。
早く復職してお金が必要なのに、コロナのせいで産業医は機能停止して宙ぶらりん。
この先どうなるのかという不安と絶望にだけ支配される毎日。
勿論分かってはいます。
全部自分の自業自得だと。
結局無価値な人生だった。
俺には何の意味も、存在意義も無かった。
それどころか人に迷惑しかかけられない害虫だ。
普通の人みたいに、笑って、自信を持てる何かがあって、大事に想える誰かと出会って、愛して、愛されて。
そんな生活が送ってみたかった。
そんな人生を、味わってみたかった。
でも現実はそう上手くは行かない。
俺には何の才能も人間的魅力もなくて。
そりゃあそんな人間は孤独になりますよ。
誰も俺みたいな奴と関わりたいとは思わない。
見たいとは思わない。
なのに。
それなのに。
死を決意した今でさえ、まだ心のどこかで誰か心の支えになってくれる人が現れるんじゃないかと期待してしまっている。
それが酷く浅ましくて、おぞましい。
そんなものは現れるわけがないのにね。
結局、最期のその瞬間に絶望がより深まるだけなのにね。
ああ、勘違いはしないでください。
支えとか助けとか、それは勿論お金のことじゃない。
ただそばにいて、心に寄り添ってくれる人のことです。
でも、そんな存在すらいない。いなかった。
おかしな話ですよね。
平気で人を傷付けたり、貶めたり利用する、強欲な人間の方が愛されるのがこの世の中だ。
顔さえ良ければ何でもいいんだ。
たとえクズでもね。
顔が悪い俺みたいなゴミは、その資格さえない。
ああ、ただ愛が欲しかった。
誰かに愛されたかった。
必要とされたかった。
ただそれだけだったのに。
自分でも分かってます。
所詮は自業自得。
悲劇のヒロインを気取ってるだけ。
この結果になったのは、何もかも全部自分が招いたこと。そうなんでしょう?
でもね、最期まで自己中でいさせてもらいますよ。もう限界だ。
心は既に押し潰され、立ち上がる気力もない。
今更何かを努力する気にもなれない。
後ろでずっと微笑みかけていてくれる、死だけが唯一の安らぎです。
勿論ケジメはつけますが。
どんな結果になろうと、どんな苦しい道になろうと、必ず自分の力でお金は返します。
今更この程度のことがなんだ。
生きてる苦しみより、よっぽどましだ。
本当のクズにはならない。なりたくない。
だから最後の責任ぐらいは果たしますよ。
でもそれが終われば、本当の最後だ。
きっとこの先の一年間、俺が救われることなんてないでしょう。
今までの二十一年間ずっとそうだったんだ。
ここにきて何かが起こるはずがない。
さようなら。
もう疲れました。
皆さんの心に、少しでも安らぎが訪れますように。