人の言葉は、私の心と頭に届く頃にはトゲトゲで、ナイフになってしまう事もある。
それは私が、伝達される頃には凶器に変えてしまっているからである。と、思う。
だけど私の言葉にはいつだって誰に届けても棘がある。
人を傷つける事でしか人と関わっていけない。
私はアホではないと思う。
学習能力がない事も、単純なくせに、単純なことを複雑に考えてしまう事も、本当に自分はアホだなあと、呆れている。
だから、アホではないと思う。
人の言いたい事をうまく汲み取ったり、複雑なコトバをすんなり理解できたり、相手の望んでいる事を察して動けたり。
人生壁だらけで、ぶち当たってドン底に近いところで生きてきた私には、簡単な事だった。
だけど、人を信じられなかったら意味ないんだ。自分を信じられなかったら意味がない。
発する言葉を複雑化したり、凶器に変えたりしていたら、意味がないんだ。
愛されている事に気づいてるのに欲をかいて求めてしまうのなら意味がないんだ。
それらを理解しているだけで、行動に移せなかったり、変われなかったらいくら理解が出来てもそれはアホなんだよ。
だから、結局私はアホなんです。
人の事を守りたい気持ちは私が今までで1番大切にしてきた。守りたいなんて大層なものではなくても、自己満でも何でもいいからとにかく人のために人のためにと、言い聞かせてきた。
だけどそれで、自分が潰れてしまったら?
自分より人を人をと動いて、もし自分が居なくなってしまったら?
人なんてその場限りの付き合いでしかないんだから、私が本当はアホだって事に気づいたら離れていく。今まで離れていった。築くまでにどれだけの時間をかけても。一瞬で。
世の中、みんなが自分です。
人の事を大切にと構っている余裕がないのでしょう。
どうせいなくなるなら、
疲れました。おやすみなさい。
ここまでが、私の意識下にない意識の思い。
たまにこうして文や文字が残してある。
さみしいなあ、さみしい。
わたしにも心を開いてくれない
って言っても、わたしだけど。