過去の私に伝えたいことを吐き出させて下さい。
私へ、あなたはWebデザイナーになるためにSEを辞め、正社員雇用先が中々見つからず、アルバイトとして制作会社で働きます。
正社員同様に終電まで残業して頑張っていますが、ある時中途採用で正社員雇用が数名入ってきます。1人目はデザイナーではなく、未経験SEでした。2人目は未経験のデザイナー志望の外国籍の方です。そのあたりから「私は正社員になれるのだろうか」というモヤモヤが強くなってきます。
今思うと経験値が少ないことや、ディレクターとのコミュニケーション不足など誤解があり、暴走していたと思います。もっと正直で素直に「アルバイトである不安」を伝えれば良かった。良くしてくださった先輩は持ち帰りでも仕事をしており、そこまで頑張れるか?と考えると無理でした。その後、私は会社を辞めます。後任として派遣さんが入り、その派遣さんは私がアルバイトであることに驚かれ、何か言って下さったのか私は残業しなくて帰れるようになります。
鬱になりかけていたのか少し憂鬱な日々を過ごしつつ、友人や家族のおかげで気晴らしで海外へ行きました。そこで大きな出会いをします。帰国後、「紹介派遣」の道を知り、私はちょうど目についた会社へ応募し、そこで6年以上働くことになります。
6年以上働いた会社では、派遣から契約社員に変わり、業務内容としても充実しており、人も良かったので最初のうちは楽しめました。ただ、私には嫌だなと思ったことがありました。
それは同じ派遣社員の1ヶ月先輩デザイナーが、手を動かさず口ばかりだったことです。そして、厄介な仕事は私ばかりに回ってきました。なんで私ばかりと思ったことがありましたが、ディレクターから「スキルのある人を選んだ結果」だとわかり安心した自分もいました。そして、少し天狗になった自分もいたと思います。「おしゃべりしないで仕事をすれば良いのに」と思いつつ、自分の作業をひたすらこなしました。今思うと、もっと仲良くなっておけば良かった。一生懸命頑張る事が大事だと思っていた私、私が正しいと思っていた。相手の立場もちゃんと考えれば良かった。
そして、入社当時から何か違和感を感ていました。その正体は私の所属チームが他の部署からよく思われていないと言う事でした。これは後から語るディレクター同士の争いにも関わってきます。
私の所属チームには正社員がおらず、派遣か契約社員のどちらかです。残業時間も少なく働きやすいメリットがありました。それは各チームをまとめる上司のおかげでした。仕事の量をセーブしていたからでした。
Web担当に仕事を依頼したいけれど断られることに不満を持つ他部署社員もいましたし、関わりたくないので仕方がないと諦める人もいました。私は余力があったので、不満が無くなったら良いのにと思うタイプの人間で、上司にディレクターを通さずに仕事量を増やせないか提案し、ディレクターに却下されます。あきらめずそういう活動は年1でやっていました。ディレクターには迷惑な存在だったと思います。
しかし、休職していたディレクターが戻ってきたことで私の人生は大きく変わります。戻ってきたディレクターも私と同じ考えだったからです。ここから想像できたかもしれませんが、ディレクター同士で争うことになります。
戻ってきたディレクターはバランス感覚があり、優しい人で他部署の方からも好かれていました。仕事もできる人です。おそらく嫉妬でしょう、元々いたディレクター(曲者ディレクターとします)はモラハラするようになります。
曲者ディレクターは理不尽な対応をとり、確認を取れば「自分で考えられないんですか?」「授業料もらいたいくらい」と言うようになります。個別で動くと「なんで相談もなしに勝手に動くのか」と責めるようになりました。
ちなみに、曲者ディレクターはリーダーでもないです。二人のディレクターは同じポジションでやりやすいようにやって良い環境でした。曲者ディレクターの怒りは止まらず、他部署の方も「どうにかした方がいい」と上司に掛け合ってくれました。
火に油状態でした。ますます曲者ディレクターの動きは止まらず、結果もう一人のディレクターは退職しました。
退職したディレクターの送別会でもまた一悶着があります。私は泣きながらアルバムを作り、送別会後にも曲者ディレクターの陰湿な行為に嫌気を指します。
負が負を生み、私は曲者ディレクターと仕事するのに拒否反応を示すようになります。
今思うと、曲者ディレクターは自分自身の居場所を守りたかった。今の状態でも契約社員以上のことはしているのに、これ以上増やすのは嫌という素直な感情だったと思います。そして、曲者ディレクターは誤解させる名人であり、不器用な人でした。そう言う場面を度々見ては助け舟を出していました。
毎月出す個人報告書ではご自身のメンタルについて触れており、心配してほしいんだろうけれど退職した先輩のことを思うと何もできませんでした。むしろ、合わないなら辞めれば良いのにと思っていました。辞めれないのはこれ以上良い転職先を見つけらなかったのかもしれません。曲者ディレクターは40歳以上でしたし、会社の人は優しい人が多く(その分、クセの強い人は多かったですが)、契約社員としては良い年収でした。天秤にかけた時に自分の居場所を守ることを選んだのだと思います。
退職を決め、辞める数ヶ月前にそういった気持ちがよく分かりました。曲者ディレクターは私にも似ているところもあったので、自分も気をつけようと学びました。曲者ディレクターは不器用で孤独でした。もっと違う形がとれたら結果は変わっていたのかもしれません。
仲が良かったディレクターが退職する時に、自分の正義を掲げたり、嫌な自分を目にします。この会社に入ったからこそ、良い意味でも悪い意味でも学べた事があり、人間として成長できたと思います。
他にも色々あり、ストレスで歯を食いしばり、歯が欠けました。今思うと、相手は超マイペースで表情が読めないタイプ。トラブルに対し、私は長年気にしたことを相手は全然気にしていませんでした。私もそのぐらい大らかになりたい。もっとコミュニケーションを取っていたら違っていたのかもしれません。あなたは考えすぎてしまう癖があるので気をつけましょう。
今更ですが、なぜ退職を決めたのか?複数理由があります。
1.正社員雇用
2.人間関係に疲れた
3.スキルアップ
これが主な理由です
紹介派遣の面接を受けるときに、契約社員でいる期間を決めたと思います。リミットは最長5年と決めていましたが結果心地が良くて長くいました。正社員雇用は中々難しく、同じチームで10年以上働いている人もいまだに契約社員です。自分が正社員になり、あそこをまとめられるかと考えると厳しいのもあります。
人間関係は良かった部分も多いですが、疲れた部分もあります。これ以上どうにも出来ないと思いました。大丈夫、仲が良い人とは退職後も付き合いがあります。そして元職場の方々は色々と揉めています。離れて正解!
あの職場でのスキルアップは難しく、上司も「申し訳ないけれどスキルアップする環境ではない」と言う状況でした。あの環境に甘えて、契約社員としてのんびり働くこともありですが、私はぶら下がったままでいるのが嫌でした。会社から「別部署に異動しないか?」と打診され、私はもっとWebに関する業務をしたいと決意します。
良い人が損をする、声を大きく上げた方が勝つ、9割以上が女性社員ゆえの悩みなど、色んな経験を積みます。楽しかったこともたくさんあれば、辛かったことも多いです。後悔することがありますが、前よりもっと良い環境で働いてみせる、その思いで日々頑張っています。
居心地の良い環境だからこそ失う事が怖いですが、いざ別の世界を見ると、もっと良い環境もあります。それは若ければ若いほどハードルが低いです。今まで自分でコツコツ勉強してきた事が役にたっていました。頑張った自分、偉い!
もちろん、前の会社より悪い会社も見たけれど、選ばなければ良いだけだから大丈夫!有難いことに貯金もある。
退職後、あなたは精神的に疲れていて十分に遊ぶこともできないい状態です。回復までに少し時間がかかります。どうやって回復したかって?本をたくさん読んで出かけました。インプットが足りない状態でした。好きだったことを取り戻すように徐々に回復していきます。多分あのまま働いていたら鬱になっていたと思う。
転職活動で人の優しさに触れることもたくさんある、気晴らしに美味しいもの食べたり、楽しみつつ行動していけば上手く進むよ。
つまずいたら友達が言っていた言葉を思い出して、「楽しいと思う方を選んで」それが正解。
失敗したって良いんだよ。困っている人がいたら手を差し伸ばすのがあなたの良いところ、だけど無理しないで。
あまり過去に執着しないでね。未練や執着は前に進む時に邪魔になったりします。その長考癖で行動力が下がる。自分を好きになるのは難しいけれど、歳を重ねるごとに好きになっています。嫌な自分も受け入れられるようになったから。
私がこの文章を読み返した時に「そういえばこんなことあったな〜」と笑っている状況なことを願います。
いつもありがとう、私。